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統一感を追求したデザインシステムの硬直化:運用フェーズでの再設計とコミュニティ形成による克服

Tags: デザインシステム, UI/UX, 失敗からの学び, アジャイル開発, 組織論

導入

近年、大規模なデジタルプロダクト開発において、デザインシステムはUI/UXの一貫性と開発効率向上に不可欠な基盤として認識されています。当社においても、複数のプロダクトを横断する形でデザインシステムを導入し、当初は一定の成果を上げておりました。しかし、運用フェーズに移行する中で、デザインシステムが意図せず「硬直化」するという問題に直面いたしました。本稿では、このデザインシステムの硬直化という失敗に焦点を当て、その具体的な原因分析、克服のための再設計プロセス、そしてそこから得られた重要な学びについて詳細に共有いたします。この経験が、同様の課題に直面されているプロフェッショナルの方々にとって、新たな視点や解決策を模索する一助となれば幸いです。

失敗の特定と分析

デザインシステム導入当初、その目的は各プロダクトにおけるUIの統一性と開発速度の向上にありました。厳格なガイドラインと豊富なコンポーネントセットにより、初期段階では一貫性のあるユーザー体験を提供し、開発効率も向上したように見えました。しかし、運用が半年ほど経過した頃から、各プロダクトチームから以下のような課題が報告されるようになりました。

これらの具体的な事象の背後には、複数の原因が存在すると分析いたしました。

克服への道のり

デザインシステムの硬直化という問題認識後、私たちはその克服に向けて、アプローチの根本的な転換を図ることを決断いたしました。単なる技術的な修正に留まらず、組織文化とプロセスにまで踏み込んだ改善を実施しました。

  1. 「デザインシステム推進委員会」の設立とコミュニティ形成:

    • これまでのトップダウン型から脱却し、各プロダクトチームからデザイナー、エンジニア、プロダクトマネージャーの代表者を募り、「デザインシステム推進委員会」を設立しました。
    • この委員会が、コンポーネントの追加・更新、ガイドラインの改定、導入事例の共有など、デザインシステムに関する意思決定と運用の中核を担うこととしました。
    • これにより、各チームの当事者意識が向上し、デザインシステムが「自分たちのもの」という認識が醸成されました。
  2. 「統一性」と「柔軟性」のバランス再定義:

    • 厳格なルールに加え、「どのような場合に例外を許容するか」「コンポーネントの拡張はどのように行うべきか」といった柔軟性を担保するガイドラインを新たに策定しました。
    • 具体的には、Figmaにおける「バリアント」機能の活用を促進し、コンポーネントの多様な状態やバリエーションをシステム内で管理できるように再設計しました。これにより、プロダクト固有のニーズにも対応しつつ、一貫性を保つことが可能になりました。
  3. 貢献モデルとフィードバックループの確立:

    • 各プロダクトチームが新しいコンポーネントやデザインパターンを提案し、レビューを経てデザインシステムに貢献できる明確なプロセスを定義しました。
    • GitHubを用いたプルリクエストベースのワークフローを導入し、コードとドキュメントの更新を効率化しました。
    • Storybookなどのツールを用いて、コンポーネントのドキュメントと利用例を充実させ、誰もが容易に参照・貢献できる環境を整備しました。
    • 定期的なワークショップや社内Slackチャンネルでの情報交換を活発化させ、オープンなコミュニケーションを奨励しました。

これらの具体的な行動を通じて、デザインシステムは「中央集権的な制約」から「各チームが育てる共有資産」へとその性格を大きく変えていきました。

学びと成果

デザインシステムの硬直化という失敗を乗り越えた結果、プロジェクトは当初の目的を超えた改善を達成いたしました。

最も重要な教訓は、デザインシステムは単なるUIコンポーネントの集合体ではなく、「生き物」であり、常に進化と適応が必要であるという知見です。特に、「統一性」と「柔軟性」のバランスをいかに保つか、そして「トップダウン」ではなく「コミュニティ」の力でいかにシステムを成長させるか、という深い洞察を得ることができました。システムを導入すること自体が目的ではなく、それを通じてプロダクト開発のエコシステム全体を豊かにすることが本質的な価値であると再認識いたしました。

まとめと展望

本記事では、デザインシステム導入後の運用フェーズで発生した「硬直化」という失敗と、それを克服するためのプロセスを詳細に共有いたしました。過度な統一性への追求、トップダウンのアプローチ、運用体制の不備といった原因を深く分析し、コミュニティ形成、柔軟性の再定義、貢献モデルの確立といった具体的な施策を通じて、デザインシステムを「生きたツール」へと再構築しました。

この経験は、いかなるシステムにおいても、導入後の「運用」と「組織文化」が成功を左右するという重要な示唆を与えています。今後も私たちは、デザインシステムの継続的な改善と、それを支えるコミュニティとの対話を重視し、より良いプロダクト開発のエコシステムの構築を目指してまいります。この知見が、デザインシステムの導入や運用に携わる他のプロフェッショナルの方々の、より良いプロダクト開発に貢献できることを願っております。